ショパンについて

 HPのほうにショパンに関する文章を上げましたので、こちらに転載致します。どうぞ読んでください。


●Chopin

 ショパンというのは基本的には天才的な作曲家だと思う。
 別に天才的な作曲家の曲が必ずしも良いとは限らない。さらに言えば、天才的な作曲家と本当の天才とはまた違う。

 あくまでも私の意見だが、本当の天才の作品とは、聴く人間を問わず圧倒してくるような力を持っている。
 大多数が想像もしないようなところから汲み上げられた発想、そしてそれとは本来両立し得ないこの世のものではないような気味の悪いほどの完成度、だからこその誰も到達できないような単純性、人間業をこえたような軽み、それらの結果としての畏敬の念を持ってしまうような凄みと、その音楽が全く以て新しいものにも関わらず元から当然そこに存在していたかのように錯覚させるような普遍性、そんなものに溢れているのが、天才の仕事だ。
 天才の名は多くは挙がらない。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ドビュッシー。もしかしたらヴァーグナー。

​ ショパンはそういう作曲家ではない。それは間違いない。


 彼は殆どピアノ曲しか書かなかった。それは理由は簡単で、彼は本来的には作曲家ではないからだ。
 これは別に彼を非難している訳でもなんでもない。彼は本来的にはピアニストであり、自分の演奏する曲を作る以上に欲はそれほどなかったんだと思う。

 同時代の作曲家の多くが、ベートーヴェンの影響下にあったが故に交響曲や協奏曲、弦楽四重奏などを強迫観念的に書いていたことを考えれば、彼がそれらのような大規模なソナタ楽曲はおろかピアノ・ソナタ、協奏曲でさえも、数曲しか書こうとしなかったのはその何よりの答えだ。
 彼は基本的には自分がピアニストとして演奏するための曲を粛々と書き続けた。その殆どは多楽章の曲ではない規模の小さな曲からなる曲集だ。形式的にも構築的なタイプの形式はあまり見られない。

 何度も言うが作曲家という風に周りに自己主張したいのならば、これらはありえない作曲活動であるだろう。
 当然同時代の作曲家達は競って、大規模なソナタ形式を追求し、その結果として大規模なピアノソナタ、コンチェルト、そしてその本丸としての交響曲の制作に臨んだのだ。
 そしてその結果がどうだったか?

​​
 私はあくまで個人的にであるが、後期ロマン派の出現までのそれらに、正直あまり興味が持てない。何故か?私には多くの作曲家が実は非常に無理をしてそれらの大規模なソナタ形式にあたっていたように感じるからだ。
 本当は情緒たっぷりに歌を歌いたいのに作曲家として認められるために無理してソナタ形式を書いている、そんな感じがどうしてもするのだ。
 ソナタ形式というものは規模が大きくなればなるほど、歌謡性を排除し、細胞のような動機に全てを集約しなければならなくなる。それは当のベートーヴェンが明らかにしているだろう。
 私は彼らのソナタに埋め込まれた歌謡性への欲求、のようなものに不均衡の匂いを感じてしまって、どうしてもその音楽に没入できない。ソナタ形式である必然性、妥当性がないのだ。
(旋律性とソナタを両立した唯一の作曲家はモーツァルトだ。ただモーツァルトの旋律は歌謡性と呼ぶにはあまりに昇華されきっているのであくまでも旋律性という感じだが)

 また彼らの中で猖獗を極めたベートーヴェンへの過剰なリスペクトも問題があったように思う。そういう状態は殆どの場合芸術においてはいい結果を生まない。結局上記のような不均衡はそういった不健康な状態が生み出す。

​ むしろそれならば後期ロマン派の音楽はソナタ形式そのものを対象化してしまっていることで面白さがある。
 例えばマーラーなどはソナタ形式が、己の音楽の歪さや自意識の肥大を顕にするための道具のようになっていると言ってもいい。これは単純にベートーヴェンをリスペクトするような姿勢ではない。
 わたしはこのような態度のほうが好きだ。


 さてショパンだ。
 彼は何の無理もしていない。
 自分の手の内にある楽器だけを使い、歌いたい歌を先人の睨みの外で自由に歌い、自分の故郷の慣れ親しんだリズムを使い、複雑でも大規模でもない、ごく簡単で小さい形式をなんの衒いもなく使った。

​ その結果非常にパーソナルで、小さな箱庭の如きものが生まれた。広がりのない小さな箱庭。自分の好きなものを周囲に並べた中で、個人的な感情や自意識が揺らめきながら儚く消えていく美しい箱庭。
 彼はそれらを小さなサロンで自分で演奏していくこと以上のことをそれほど考えなかった。

​ 私はそれらを、その他同時代のソナタ形式の残骸よりも愛している。いや私だけではないのだろう。


 結局その後百年も時間が経ってみると、結局一人の恐ろしい天才が生んだ巨大なものに己の個性が振り回された作品たちと、その嵐の外側で小さくもしかしパーソナルな真実を紡いだ作品とでは、軍配は明らかなのだろう。
 これだけショパンが人気のある理由の一つなのかもしれない。

​ 恐らくショパンの同時代の名を残している作曲家はみな本来的には天才的な作曲家なのはそうなのだろう。
 ただ天才的な作品を多く残せたのは、結果、ショパンなのだ。

原 文雄

↓ショパンで最も好きな曲(バラード)と最も好きな演奏(アシュケナージ)です。




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